気分変調症~更年期うつ病 完治のドキュメント

もともと気分変調症で更年期障害と更年期うつで、地獄のような精神的肉体的苦痛を味わいました。いつ終息するかわからない日々のドキュメント。気分変調症、自律神経失調症、うつ病発症、心身症と止めどなく悪化。現在は凄腕中の凄腕の先生のおかげで克服完治に至っております。私の絶望感からの完治経験がつらい症状完治のお役に立てれば嬉しいです。根本から完治しませんと気分変調症も抑うつ状態も続いていきますから。人生は一回ですから病気に振り回されるのはたくさんです!

気分変調症の原因と私の人生

一般に気分変調症の原因は内因性(もともとの素質)と心因性(ストレスやトラウマなどによるもの)に分かれます。私はその両方だと思います。そもそも私の母親が気分変調症だったと思います。

  • 気分変調症だったと私が思っている母は、かなりの気分屋でした。理由もなく私を怒ったり、急に謝ってきたり、とにかく感情に振り回されていた人でした。そんな母親を私は恐怖に感じていました。同時に好かれたいと思いました。だから褒められた時は嬉しかったです。ただその回数が非常に少なかったので、私は常に孤独でした。
  • 私も自意識が芽生えてくると、母親のことが疎ましく感じました。こんな家をすぐ出てやると思いましたが、父親との関係は悪くないものだったので、ぐだぐだ結婚するまでは母と暮らしていました。母とは喧嘩が絶えず、ストレスにしかならないので、終いに話をしなくなったのです。口を開けば口喧嘩ばかり。
  • 私の姉と妹ともソリが合わず、私は家の中で心を許せる存在だったのが父親とニャンコだけでした。私は姉妹を憎んでいました。そして母からは姉妹と常に比較され、誰よりも怒られて育ちました。
  • そんな私も気分変調症になってからは、自分の感情がコントロールできなくなりました。イライラしたり悲しかったり孤独を感じたり不安でたまらなくなったりしていました。
  • 仕事が私にとって逃げ場になっていた麺がありました。しかし気分変調症になってからは、仕事のミスが増えて叱責を受けることが多くなり、居づらくなってやめることになりました。
  • 転職を繰り返す私は、母も姉妹も甘えだと責め立てることで、私は当時付き合っていた人と結婚して、家を離れることを決めました。しかし、結婚生活は結婚の動機が逃避だったため、4年でピリオドを打ちました。家に出戻った私を家に居着いていた母も姉妹もなじり、やっと一人暮らしを決意しました。かなり決断が遅れたことは私にとってずっと後悔でした。
  • やっと現在の旦那さんと知り合い、つかの間の平穏がありました。しかし気分変調症そのものは治っていないままのため、度量の広さだけが取り柄の旦那さんの優しさのもとで、病院通いを続けていました。
  • 私にとって旦那さんの実家のほうがはるかに落ち着けました。私を温かく迎え入れてくれる義父、義母のおかげでどれだけたすかったわかりません。旦那さんにも感謝しています。
  • しかし、母は私にしょっちゅう電話してきます。私はそれが嫌でストレスでした。母は母で孤独な人で、依存性の高い人間でした。そのうち父がなくなり、母はますます私たち姉妹に依存するようになりました。
  • 母が病気をして介護が必要になり、私にしわ寄せが来てしまったのです。ほかの姉妹は地方に嫁ぎに行っていたため、私が一番介護をしなくてはいけなくなりました。そのくせ、私の介護がまずいと私を責め立てるのです。
  • こう書いていると、私が気分変調症がさらに悪化して、更年期欝になったのも本当に自分で納得してしまいます。よく我慢して生きてこられたなと。

こういう抑圧された私の人生のドロドロヘドロが、うつ症状を重くしていたのも当然でした。岩波英知先生の施術で抑圧を完全になくしてもらうまでは、ほんとうに地獄の毎日でした。

ただ旦那さんやその実家の優しさ、度量の広さだけが救いでした。
もし最初の結婚のときのように仮面夫婦でしたら、私の人生は終わっていたのかもしれない。

 

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